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風月庵南坊とは

南北に長く四季の変化に富んでいる日本。
そこには、古くから春夏秋冬折々の風情を楽しむ生活があります。
季節感を大切にしてきたお菓子は、歳時記と結びつきが強く、生活の中に取り入れられていました。
自然の美しい景色、自然の風物を題材とした自然界を愛でる庵と、千利休の愛した茶道の世界とわびの世界を記した南坊録から、利休の高弟であった高山右近の御膝元の摂津に「風月庵南坊」が誕生しました。

創業100有余年の「あん」

橋本食糧工業株式会社 本社
創業100有余年の「あん」製造業橋本食糧工業株式会社の和菓子屋『風月庵南坊』。当社は、茨木市を拠点に食の安全にこだわり、厳選された素材の持ち味を存分に引き出せるよう、職人が昔ながらの技法により、ひとりひとり真心を込めて和菓子作りに精進しております。

このたびはご贔屓してくださる茨木市の皆様はもとより、遠方の皆様にも当店の和菓子をご紹介させていただきます。
みなさまにご満足いただける和菓子を提供していけるよう精進してまいります。

風月庵南坊 名前の由来

風月庵

花鳥風月=自然界を愛でる庵

南坊

南坊録=千利休のわびの世界

参考文献

南坊と茨木の地の関連

高山 右近(たかやま うこん)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。
代表的なキリシタン大名として知られ、号は南坊。千利休の七高弟(利休七哲)の一人としても知られる。

「南坊録」という茶書が有ります。
この劈頭に「宗易、ある時、集雲庵にて茶湯物語ありしに、茶湯は台子を根本とすることなれども、心の至る所は草の小座敷にしくことなしと、常々の給ふは…云々」と、利休は宗啓に侘び茶の心を聞かせています。

宗啓は利休の教えを詳細に記録しますが、利休の自刃により記録は行方不明となります。それから約百年後に宗啓の記録は、参勤交代の途中の福岡藩士立花実山に発見され「南方録」(南坊録とも言われる)として編纂清書されます。
その後南方録は江戸で茶人(武士や僧侶など)の間で書写流布され、南坊流が生まれました。
福岡市、豊橋市、加賀市で行われている南坊流は江戸で書写された南方録が地元に持ち帰られ現在まで継承されています。また京都市の南坊流は、明治時代に福岡から転居した先生が始めたものです。
いずれも流祖は南坊宗啓ですが、各地の南坊流には夫々中興の祖がおり、それを継承する「お家元」もいます。
しかし、南坊流発祥の福岡では、中興の祖と言われる家系の茶人はいましたが、代々家元を称しておらず、福岡の南坊流には過去も現在も家元はいません。そのためそれぞれの師匠から弟子へと相伝されています。
尚、上記各地の南坊流を全国統一する家元も存在しません。